@半径とことこ60分

人間の認知範囲なんてそんなもんさと、鳥が囀った

柴崎友香著『春の庭』写真で言えば、標準レンズ、望遠レンズ、そして超広角レンズの感覚

春の庭

春の庭

 

頑張って読んだらかなりいい作品でした!って感じです。

 

読み始めて、あれ?これ読んだことあるかも?と思いながら数ページ読み進んだのですが、どちらとも確信がもてません。どうやら前回は途中で投げ出したようです。

 

投げ出したとすれば、多分、単調に(思える)続く風景描写に興味が持てなかったからで、言うなれば、標準レンズで撮った日常的な街の風景を見せられているように感じたからだと思います。

 

ところが、この小説、読み進み中盤に入りますと、そのレンズが望遠に変わったかのように、風景が一気にぐーんとズームアップし、さらにラストに至れば、逆に超広角レンズに変わったかのような感覚に陥るのです。

 

主たる物語は、築31年になる「ビューパレス サエキⅢ」に暮らす太郎、西(辰)、巳の三人の交流とアパートから見える水色の洋風の旧家をめぐる話です。

 

登場人物など、ネーミングが特徴的です。「太郎」「西」などというありふれた名前、「ビューパレス サエキⅢ」というダサめのネーミング、干支による部屋番など、日常的でありながらちょっと異質な感じを上手く出しています。

 

アパートは取り壊しが決まっており、賃貸契約は期限付きで8部屋の内すでに半数は立ち退き済みとの設定で、それによりこの物語自体が最初から終わりが設定されているという、読み終わってみれば結構効果的だったのだと感じます。

 

ただ、前半はかなり散漫に感じられます。全体を通して視点は三人称で、その多くは太郎の見た目なんですが、ところどころ意識的なのか自然と出る特徴なのか、微妙な違和感が感じられます。また、太郎目線の話であっても、アパートの住人の話をしていたかと思えば、同僚の沼津の話になったり、突然、亡くなった父親のことが語られたりと、読んでいてもなかなか焦点が定まりにくいのです。

 

太郎は30歳すぎで、しばらく前まで美容師をやっており、美容院の経営者の娘と結婚していたのですが、離婚し今は小さな会社の営業職で一人住まいです。

西は、見た目年齢は分かりにくいのですが40歳代と思われ、イラストレーターか漫画家であるようです。その西が水色の洋館に、フェチかストーカーかというほど執着していることで物語は進んでいきます。ああ、西は女性です。

 

4分の1ほど読み進みますと、その水色の洋館が物語のキーなのだと分かってきます。西は、引越し先を探す過程でその水色の洋館を見つけ、わざわざ過去その家に住んでいた住人による写真集『春の庭』を購入するという執着ぶりです。

  

西はアパートの自室から覗くだけではもの足りず、太郎の部屋の周辺まで出張ってきますので、それをきっかけに二人は親しく話すようになります。

 

で、ある時、太郎はその家の窓から顔を出す西を目撃します。

 

物語は一気に進展します。西は、空き家だったその家の新しい入居者と親しくなることに成功し、頻繁に訪問して、写真集『春の庭』で見たその家の内部をほぼ自分の目で確認することに成功するのです。

 

ところがただ一ヶ所、風呂場だけはどうしても見ることが出来ません。西は焦ります。ここでアパートが取り壊されことが効いてきます。西は引っ越しを間近に控えているのです。

 

西は作戦を練ります。たまたま太郎の元同僚沼津が北海道から蟹やらイクラやらの海産物を送ってきたことを利用して、その家での食事会を計画し、太郎に、合図をしたらビールのグラスを自分の方へ倒せと指示します。

 

ここからは無茶苦茶面白いです。読んでください(笑)。

 

オチとしては、計画通りではありませんが、西と太郎は風呂場に入ることに成功します。

で、ここがクライマックスかと言えば、どうやらそうでもなく、さほど風呂場の描写も、苦手なのか意図的なのか分かりませんが、特別盛り上がりもせず、割と淡々と進みます。

 

太郎視点だからなのかと考えられなくもありませんが、その場面でも「西は、その全体を見た」といきなり西視点に変えたりしますので、書こうと思えばそのまま西視点の感動を書くこともできるはずで、あえてそうしないのがこの作家の持ち味ということになり、それは、この後の展開をみても、この作家の書こうとしているものはここじゃないなとわかります。

 

西の引っ越しと時を同じくしてその洋館の住人も引っ越すことになり、西と太郎は、その家の家具を貰い受けることになります。

太郎は自分の部屋に入り切らないくらいのソファを貰い受けます。ほぼラストに近いここで明かすことかとは思うのですが、太郎は10年以上も前からソファーだらけの部屋で過ごすことが夢だったと明かされます。

 

太郎は、部屋にいるほとんどの時間をソファで過ごした。オットマンに板を置いてテーブル代わりにした。コーナーソファとリクライニングソファで交互に眠った。座面と背もたれの間で体を丸め、布団にくるまっていると、巣にいる動物になった心地がした。

 

こうした唐突さ、これでびっくりしてはいけません。

 

わたしが太郎の部屋を訪れたのは、二月に入ってからだった。
太郎とわたしが会うのは、三年ぶりだった。

と、残り20ページほどになったこの段階で、章立てなど何の明示もなく、突然これまで太郎の話の中で2,3度登場しただけの太郎の姉の一人称記述に変わるのです。 

 

太郎の部屋を訪れた「わたし」は、ソファで埋まった部屋に驚きつつ『春の庭』にまつわる、つまりここまで読者が読んできた話を聞き、「わたし」は読者の視点に立ちつつ、『春の庭』にまつわる話によって呼び覚まされる自らの過去や記憶を語ることになるのです。

 

そしてさらに、自分の住まいに戻った「わたし」は、太郎から貰い受けたソファに座り、

元は森尾さんのものだった、今は西さんとわたしでおそろいの緑色の一人用ソファに座って、缶ビールを飲んだ。

と、会ったこともなく、太郎から聞かされただけの、ソファの元持ち主やアパートの隣人のことをまるで自分が見知った人たちように思うのです。

 

まだ続きがあります。

 

再び、物語は太郎視点の三人称記述に戻り、「ビューパレス サエキⅢ」と隣の洋館の場面となります。

 

このシーンの内容は細かく書きませんが、結局この小説は、冒頭部分にある、太郎がアパートの一階の窓から空を眺めて思う

雲を眺めていると、太郎は、雲の上にいる自分を想像した。いつもした。長い長い距離を歩いてやっと雲の縁にたどり着き、そこに手をついて下を眺めている。街が見える。(四行略)ゆっくりと立ち上がると、空の天井に頭がつっかえる。誰もいない。 

との思いが綴られた小説だったんだなと分かるのです。

 

面白いです。 

 

春の庭 (文春文庫)

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寝ても覚めても (河出文庫)

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