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吉田修一著『橋を渡る』ネタバレ/70年後の未来にオチをつける異色作

橋を渡る

橋を渡る

 


吉田修一さんの本はかなり読んでいますが、この作品は、中盤までかなりの違和感を感じる内容です。

 

先へ進みたいという気持ちが一向に沸き上がってこないのです。これまで読んだ作品みな、掴みがうまいというとなんですが、数ページ読んだだけで、すーと引き込まれる何かを感じるのが常でした。

ところが、この作品では、四つの章に分かれている「春」「夏」と、中盤まで読み進んでも、まったくもって感じるところが何もなく、かろうじて、吉田修一さん一体どうしたんだろう?という逆説的好奇心でもって読み進んだと言ってもいいくらいの感覚でした。

 

得意の連作ものかとも思ったのですが、「春」「夏」は全く関係していませんし、「秋」に「夏」の登場人物がクレーム電話を入れる相手方が出て来はしますが、ただそれだけで、物語に関連することはありません。

特に「春」など、何やら伏線かと思われる、たとえば、明良と歩美夫婦の住まいやそのロケーションの話がかなり出てきたり、誰が置いたか分からない玄関先の不審な荷物、明良の浮気、二人が預かっている高校生の甥とその恋人の妊娠、そして、これは現実にあった東京都議会の「子供産めないのか」ヤジ事件などなどが語られていくのですが、結局、放りっぱなしのまま、全く関連性のない「夏」に入ってします。

 

ああ、ただ、「夏」の主人公篤子の夫広貴が都議会議員で、名乗り出なかったヤジの主が広貴ではないかと疑っているという関連性があるといえばあるのですが、ただそれだけのことで進展などしませんし、さらに篤子の友人が駆け落ちするという事件まで起きるのに、そのまま放りっぱなしです。

 

といったわけで、何かもやもやしたまま「秋」へと入るわけですが、正直、もう止めようかと思ったくらいです。

告白しますと、ここで私は我慢できずにこの先どうなるのかネットでググりました。そうしていなければまず間違いなく読み続けるのは無理だったでしょう。

 

は? SF? 2085年?三つの話が関連付けられる?

 

ちょっとばかり首をひねるような書評や感想を目にして、一体どういうこと?と、再び読み進めることになったわけです。

 

で、結局こういうことです。

「秋」は、テレビ局のディレクター謙一郎の話で、彼は、ひとりの人間の細胞から卵子と精子を作り出し、その受精により新しい人間を作るという研究を取材しようとしています。謙一郎には婚約者がいますが、その女性の裏切りが原因で女性を殺してしまいます。逃亡するも逮捕され、護送される飛行機の中で70年後にタイムスリップ(実は夢)してしまいます。

2085年、謙一郎が取材しようとしていた研究は成功しており、70年後の世界は、サインと呼ばれる新人類と、「春」の高校生カップルの子孫や「夏」の東京都議夫婦の子孫たち旧人類が共存する世界です。

共存といってもサインたちは差別的な扱いを受けており、二人のサインが逃亡を試み、タイムスリップしてきた謙一郎と出会い、共に過去へ戻ろうとします。

再び、2015年、そこには、婚約者を殺す前に戻れと願っても叶わなかった謙一郎、夫にヤジの主はあなたねと切り出し、また夫の汚職を告発する決意をする篤子、そして、高校生ながら子供を産み育てる決心をし、明良にお前強くなったなと言われる高校生の甥がいます。

 

という話です。

 

話の内容がどうこうは置いておいても、いやー、これはだめでしょう。確かに「秋」の後半あたりからはさすがの筆力で読ませはしますが、いくらなんでも一本の小説としてはもう手遅れでしょう。読者を先へ引っ張っていく力のないのは致命的です。その点では、とにかく吉田修一さんの小説としては非常に珍しいです。

 

一番の問題は、とにかく各章にいろんなものがばら撒かれているのですが、それらがひとつのところへ収束していかず放りっぱなしにされていることです。

 

日々起きる出来事や事件のニュースが随所に出てくることであるとか、連載時の2015年が戦後70年にあたることから70年後の未来を描こうとした発想であるとか、何か現実社会へコミットしたいのではないかと想像はできますが、いずれにしてもすべてが中途半端に感じられる作品でした。

 

「鷹野一彦」の続きを書いてよ、吉田さん。

 

太陽は動かない (幻冬舎文庫)

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森は知っている

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