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@半径とことこ60分

人間の認知範囲なんてそんなもんさと、鳥が囀った

南京事件が分かった! 笠原十九司著『南京事件論争史』

日本では、ほとんどニュースで扱われませんが、中国では、昨日12月13日を南京事件の追悼日として国家式典を開いています。

安倍首相が真珠湾を訪れることについても、南京も訪れるべきだの声が上がっているそうです。安倍首相は南京事件否定派ですから、どう転んでもありえない話ではありますが。

 

南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか (平凡社新書)

南京事件論争史―日本人は史実をどう認識してきたか (平凡社新書)

 

 

で、この本、笠原十九司著『南京事件論争史』を読み、やっと、戦後の日本における南京事件に関するあれやこれやが分かりました。

 

南京事件そのものについては、ある程度の理解はしていたのですが、いつまでたっても「南京事件はなかった」という政治家(だけではないけど)が出てくるのが不思議で、学問的論争に決着がついていないと感じていたのは誤りでした。

 

歴史的事実をめぐる南京事件論争はすでに「決着」がついている

「まぼろし派」と言われる南京事件否定論者の本も何冊か読みましたが、笠原氏がこの本の中で書いている通り、発掘されている資料を無視して、陰謀だの謀略だのと言っているだけで話になりません。

この本の244pから少し引用しておきます。

南京大虐殺事件の歴史像については、その歴史的遠因ならびに近因の分析も含めてほぼ明らかになり、現時点での到達点をまとめたものとして、藤原彰『南京の日本軍』と拙著『南京事件』がある。この二書を読めば、歴史事実としての南京事件の全体像がほぼ理解できるはずである。
(略)
ところが、巻末の年表に明らかなように、昨今では、南京大虐殺否定説の本が史実派の本を上まわって、発行されている。
このような現象が起きるのは、現在の日本では「侵略戦争反省・謝罪決議」阻止勢力が政府の中枢を占めており、日中戦争が侵略・加害の戦争であったことを否定するためには、どうしても南京大虐殺は「なかった」ことにしなければならないからである。

この本では、否定本もたくさん紹介されており、短くではありますが論評もされています。 

 

南京大虐殺否定本のトリック

笠原氏によりますと、否定説には類型があり、次の本に13の類型としてまとめられているようです。また読んでみましょう。

南京大虐殺否定論13のウソ

南京大虐殺否定論13のウソ

 

 

で、 この『南京事件論争史』では、否定論のトリックがどのようなものか、次のように簡単にまとめられています。

  1. 中国とアメリカの情報戦による謀略説
  2. 大虐殺派が根拠にしている資料に「一点でも不明瞭さ、不合理さ」が発見できれば、すべての資料を否定し、南京虐殺はなかったと主張する論法
  3. 中国兵が市民に対して略奪・強姦・放火を行ったものだと、中国人の仕業にすり替える論法
  4. 『「証拠写真」を検証する』などと、疑わしき写真が元で南京大虐殺が証明されているとすり替える論法

この4については、

南京大虐殺の歴史的事実は、写真資料ではなく、膨大な文献資料、証言資料によって明らかにされてきたのであって、写真を証拠資料にして南京大虐殺が明らかにされたのではない。

と、はっきり述べられおり、「警戒を要するのは、この種のトリックがメディアには通用する」と注意を促しています。

私が、まだ論争が続いていると勘違いしたこれもそうですね。

 

ausnichts.hatenablog.com

 

日本の民主主義のあり方にかかわる深刻な問題

あとがきから、

本書を読んでいただけば、いわゆる「南京大虐殺論争」が「どっちもどっち」といった「ドロ仕合」ではなく、日本の民主主義のありかたにかかわる深刻な問題であることがおわかりいただけたと思う。
(略)
ちなみに、日本のインターネットでは「笠原」「南京大虐殺」を検索してみれば、サイトの中に、私に対する膨大な量の誹謗、中傷、罵詈雑言の言説が書き込まれているのを目にすると思うが、アメリカのインターネットで Kasahara Nanking を検索すれば、南京事件研究者としての私の業績が学問的成果として相当詳しく、丁寧に紹介されており、日本とは全く違う。

 

それにしても、安倍首相自身も南京大虐殺否定論者ですが、その政権が高支持率を維持している今の状況、一体どうしたらいいのでしょう? 

 

南京の日本軍―南京大虐殺とその背景

南京の日本軍―南京大虐殺とその背景