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@半径とことこ60分

人間の認知範囲なんてそんなもんさと、鳥が囀った

古市憲寿「だから日本はズレている」少なくとも2040年の古市さんは「ハッピーサプリ」を飲んで低賃金労働の快楽を謳歌する貧困層階級の人間ではなさそう

キスについて、唾液の交換が気持ち悪いと言ったとかの話題をネットで見て興味を持っていた古市憲寿さんの「絶望の国の幸福な若者たち」と「だから日本はズレている」を続けざまに読んでみました。

前者は後にして先にこちらから。

だから日本はズレている (新潮新書 566)

だから日本はズレている (新潮新書 566)

 

雑多な雑誌に書いた十編くらいの文章をあらためてまとめたもののようですので、全般的にHowTo本のように読みやすく、それでいて結構面白く書かれています。

特に前半の数編は面白いです。

前半はノリノリだ!

2014年の日本社会を皮肉りつつ、ある種の提言をしているのですが、たとえば、スティーブ・ジョブズのようなリーダー待望論に対して、成熟した社会では強いリーダーは生まれにくいし弊害も多い、大きな国という単位ではなく小さな集団が機能する社会がいいと言います。

クール・ジャパンを誰も知らない』では、東京オリンピック誘致のプレゼンについて、「旗揚げ間もない劇団の暑苦しい演技のようだと気づいた。その後すぐ駅前などで行われている募金の呼びかけを思い出したりもした。」と皮肉り、誘致ウェブサイトの「!」を多用したコピーを皮肉るどころかバカにしています(笑)。

誘致活動を「ヤンキーノリ」だと言い、「だけど、2020年夏のオリンピックは茨城ではなく、東京で開かれるのだ」とまで言っています。大丈夫か?ここまで書いて?

結構個人名を出して皮肉る人のようで、金美齢さんや千宗室さんもやり玉に挙がっています。この章は本人のノリもかなりいいです(笑)。

クール・ジャパン」は、要は「ジャパンブランドによる外貨獲得戦略」なのに、「誰に向けた、何のための発信なのかというマーケティングと効果測定の視点が皆無」だと嘆いています。

『ポエムじゃ国は変えられない』も面白いです。

日本の右傾化としてやり玉に挙がる「心のノート」や自民党の「憲法改正草案」がJ-POP歌詞の劣化のようなポエムになるのは、近代国家に必要な建国の理念がこの日本にはないからだと言います。あえて言えば、国民に共通意識としてあるのは70年続いた「平和」であり、だからいくら憲法を変えようとも、そうした国民意識から乖離した憲法では国は変わらないし、それでもなお憲法を変えようとすることにどんな意味があるんだろうと、護憲派なのか改憲派なのかよく分からないことを言っています。

まあ二元対立である必要はありませんので別に構わないのですが、正直「そんなんで大丈夫?利用されない?」なんて私は思います。

『テクノロジーだけで未来は来ない』もノリノリでいきます。スマート家電と呼ばれる訳の分からない機能のついた洗濯機やエアコンや冷蔵庫の例を挙げ、「家電メーカーのご乱心」と揶揄しています。アプリを使ってレシピ検索が出来る冷蔵庫なんてものがあるんですね。確かに笑ってしまいます。

監視社会に見る幸せな未来

ただ、この章の中に「監視社会」について述べているところがあり、役所に提出する書類にはやたら印鑑が必要、写真もない健康保険証が身分証明になる、ICチップ入りパスポートも未だ目視チェック、などの不便さや不合理さを取り上げ、一方、J-BISという入国審査システムがあり、日本人でも指紋を登録しておけば自動化ゲートで入出国できとても便利だと言っています。

監視が徹底された社会というのは、言い方を変えれば非常に便利な社会なのではないか。出入国審査のように全てが指紋ひとつで済むようになったら、毎日はどれだけ楽になるだろう。(90p)

マジですか!? 多分、何かのジョークでしょう。

ここからの10ページがすごいです。Tポイントの話から病気、買い物、運転免許証、挙げ句の果てが人間へのチップ埋め込みによる全ての個人情報を一元管理すれば何と便利な社会になるだろうと夢心地で語っています。

もちろん社会学者ですからそうした考えに批判があることも承知の上で、たとえば戦前の治安維持法を上げ、

そのような権威主義的な検閲と、現在のテクノロジーが組み合わさったら、確かにそれはディストピアだ。(略)

しかし国民が監視状態にあることと、監視によって明らかになった情報を国家が統制することは、本来別の話である。人々が便利で快適で安全に暮らせるための「良い監視」もあれば、人権が制限され、人々の自由が奪われる「悪い監視」もある。

んー、目が点になりますね。ツッコミどころ満載ですから、酔っぱらって書いたのかも知れません(笑)。面倒なのであえてツッコミませんが、私は「良い監視」も嫌ですね。

後半は「若者」から「おじさん」たちへの指南書みたいな感じでさほど新鮮さはありませんが、最終章『このままでは2040年の日本はこうなる』は、30年後の日本を予測して小説風に書いていて面白いです。

古市さんは学者より小説家の方が向いている

2040年、古市さんは上海に住んでいるらしく、久しぶりに日本に戻るところから始まります。

2040年の日本は、ひとことで言うと「幸福な階級社会」となっているらしく、「貧困」や「格差」はもう誰も語ろうとしないくらい当たり前のこととしてあります。しかし人々は幸せそうです。階級化が進行し相対的幸福度が上がっているのです。つまり格差が固定し、階級移動がなくなり、比較対象が同じ階級内だけとなって不満がなくなるということらしいです。

貧困層階級は「ベーシックインカム」制度の実施により、とりあえずは衣食住の心配がなくなり低賃金労働についています。国家から改良された抗うつ剤プロザック」が「ハッピーサプリ」の名前で無料配布されおり、それを飲むことで皆幸せになっています。

さらに続きます。人口減は進んでおり、出生率の低下とともに「まともに働ける仕事」がない日本からの脱出が増えていると言います。

地域格差も進み「都市の時代」に移行しています。東京と福岡がアジアの中心都市として生き残り、その他はハイテク農業に特化した千葉市などの一部中核市をのぞいて荒野と化しています。しかし嘆くことはないと言います。都市化から取り残された地方は「自然に優しい」地域となり、「江戸時代の百姓」のような自給自足農業まで生まれています。

東京の繁華街は老人で活気に溢れており、老人同士の合コンやオフ会が開かれています。

そうした日本に降り立って2040年の古市さんは、

東京の雑踏に立っていると眩暈のような感覚を覚える。日本という国は、いつからこんな姿になってしまったんだろう、と不思議に思う。

らしいです。

少なくとも2040年の古市さんは「ハッピーサプリ」を飲んで低賃金労働の快楽を謳歌する貧困層階級の人間ではなさそうですね。

とはいっても、2014年の古市さんにも富裕層階級についてのイメージはあまり浮かばないらしく、「頭脳格差社会」に適応するためスマートドラッグを服用して必死だというくらい記述です。

その点、まだ救いがあると言えるかも知れません。つまり、古市さんの中に貧困や格差について、つまり現在の日本について否定的な視点があるからこそ、逆説的に貧困層階級についてのイメージが広がるということだと思います。

あらゆる社会問題が先送りされているこの国の現状を嘆いて終わります。

巨額の財政赤字、不可解な規制、いびつな世代間格差、高い自殺率。誰もが重大な問題だと気づきながら、「まあ何とかなるでしょ」とその解決を先延ばしにして、場当たり的な対応をしてきた。

そして今までは実際、何とかなってきてしまった。でもこれからは? この絶望の国に終焉は訪れるのだろうか。

と締めくくっています。 

まとめ

古市憲寿さんの中に、この国の現状への強い危機意識があることは分かります。ただ社会は急には変わらないと言っているように、そのことに対してどうコミットしていくのかははっきりしません。

また、「監視社会」についての考えに現われているように、少しばかり国家や権力に対して警戒心が足りなさすぎますし、人は皆良い人ばかりといった幻想とも言えるものに乗っかりすぎているように思います。

続きは、次回、まだ書いていませんが「絶望の国の幸福な若者たち」へ。

絶望の国の幸福な若者たち

絶望の国の幸福な若者たち