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@半径とことこ60分

人間の認知範囲なんてそんなもんさと、鳥が囀った

井上魅夜「化粧男子」どう生きるかを悩む者はどんな哲学書よりもこの本を読むべきだ!

訳あって、LGBT系、特にトランスジェンダーに関する本を読みあさっています。これ、むちゃくちゃ面白いです。

化粧男子 男と女、人生を2倍楽しむ方法

化粧男子 男と女、人生を2倍楽しむ方法

 

1982年生まれですから、32歳、これまでの自分の生き様を本当に素直に語っている感じです。手記ものは苦手なんですが、何なんでしょう、とても読みやすいです。本人は自分自身のことを楽天的と書いていますが、そうしたところが文章に出ているのか、全く嫌みがありません。

文体は、手記ですから当たり前と言えば当たり前なんですが、思ったことをそのままストレートに言葉にしている感じで、なのにとても読みやすいリズムを持っています。話もうまいのではないかと想像します。

LGBTという言葉は、今では一般紙でも記事になったりしますので知らないという方も少ないとは思いますが、レズビアン、ゲイ、バイセクシャルトランスジェンダーの頭文字を取った言葉で、セクシャルマイノリティを表す言葉と言われているようです。セクシャルマイノリティ性的少数者)という言葉自体に差別的な意味合いがあるとの意見もあり、このLGBTが使われることが多いようです。

ただ、LGBTには全く違った概念が混在しているようで、つまりLGBは性的指向がどこに向かうかという言葉であり、T=トランスジェンダーは、性自認が何か、つまり自分の性別を男女あるいは両方など、どう認識するかというアイデンティティの問題であり、(多分)T の人には 、L の人もいれば G の人も B の人もいろいろいるということになります。

ということで、じゃあ井上魅夜さんは何?という、人間の宿命とも言うべき区別することで理解するという差異認識習性がむくむくとわき起こってきますが、この本を読むと、井上さんがLGBTの何なのかななんてことはどうでもいいことで、ああ井上さんってこういう人なんだと実に明解に分かっ(たような気になっ)てきます。

第一章の「生い立ち」から「大学生時代」あたりまでは、ごく普通の学生生活が記されていますので、まあ斜め読みでもいいか(すみません)とも思いますが、第四章「社会人時代」に入り、「全身女装に成功し」、「女装と女装好きの男性の出会いの場」に出入りするようになるあたりからは、ああそうなんだと納得させられたり、実に新鮮な感覚ではっとさせられたりと、引き込まれてあっという間に読めてしまいます。

たとえば、当初は明(あき)と名乗っていたとのことですが、その名前を名乗る感覚を「自分の中の女性に名を与えてしまった」と語り、「男性とセックスしたからといって自分がゲイになったのだとは思わなかった。あくまでも女性(の私)としてしたのだ、という感覚だった」と言います。

「世の中の見え方が変わる」と言います。たとえば、世の中には女性をターゲットにした広告が溢れていることや女性用の衣服のバリエーションの豊かさを驚きをもって伝えます。言われてみればあたりまえのことですが、やはり当事者の言葉には説得力があります。

脱毛、整形と、女装の道もどんどん奥へと分け入っていきますが、ああすごいなあと思うところは、ある時整形に失敗したらしく、それを機に「神様がもうこれでやめときな」と言っているのだときっぱりと整形をやめているのです。

女性ホルモンの話もへぇーそうなんだととても新鮮です。体が丸みを帯びたり、胸が成長したりするのは何となく理解していましたが、男臭い匂いも消えていくそうです。さらに、女性ホルモンは「体のありようを内側から劇的に変えることのできる物質」ということで、「心のあり方も変容」し、井上さんの場合は、効果が切れてくると「気分が男っぽくなり、男性的な性欲がふつふつとこみ上げてくる」らしいです。女性ホルモンを打った後の感覚を次のように書いています。

性欲がなくなるわけではないのだが、質が全然違う。体の中から湧いてくる、突き刺すような性欲ではなく、代わりに、誰かと一緒になって溶けてしまいたいという、柔らかくねちっこい気分になるのだ。

そしてさらに、井上さんは、

こうした経験から私は、性別という概念、もっと言えば、生まれながらにして人間を男と女に切り分けるという考え方に対して、より一層違和感を抱くようになった。いったい私は男なのか? 女なのか? その認識すら、たった数時間で変わってしまうのだ。一生それが固定されるなんてこと、あって良いのだろうか? 

というところまで帰納して導き出します。

こうして、男性でもなく、女性でもなく、自分自身として生きる方法を獲得した井上さんは実に生き生きとしています。この本の中では、軽々とそのハードルを越えたように語っていますが、多分、想像できないような苦難の道だったのでしょう。

そして今、さらに大きな悩みを抱えているようです。程度の差こそあれ、人間であれば誰もが持つ根源的な悩み「将来への不安」です。あくまでも前向きな井上さんは新しい道に踏み出します。そこらあたりは、第七章、八章に詳しく書かれていますので是非お読みください。

ということで、人を言葉で分類することは好ましいことではありませんが、あえて井上さんをトランスジェンダー、性別越境者とするならば、トランスジェンダーとは、誰もが悩み苦しむ「自分は一体何者なのか」という根源的な問いに通じるものだと思い知らされます。